語らざる者をして語らしめよ

私たちの隠れたる者たちは 語らない
たとえば 見上げる樹のそよぐ葉ごもり
覗き込む井戸の底の揺れる水面
いたと思うと たちまち向こうむき
次の瞬間にはゆっくり 消えている
そのくせ突然 暴風雨となって空を奔り
稲妻とともに落下して
窓硝子をやく
かと思うと朝 両掌に受ける水しぶき
光に泳ぐ埃の粒子に入って つぶつぶ
路上で君と話しているつもりが 彼ら
話している私自身 彼らだったりする
逃げても 逃げても 行く手に先まわり
忘れようとしても 夢の中に待ち伏せ
この いたるところにひそんで 私たちを
いつか支配している顔のない者らは 誰?
彼らがどうしても語らないなら
代わりに 私たちが語ること
彼らに語るための口がないなら
代りの葉と舌になること
語らざる者をして語らしめよ
闇をして闇のまま立たしめよ




『語らざる者をして語らしめよ』高橋睦郎 入荷しました。