空と樹と 


境内の脇の石ころの道をさらに上がると、三山につなぐ尾根の道にでる。
西の突端の大岩の上からの眺めは、雄大な連邦のすそ野がすぐ目の前にひろがって、盆地の街並みが一望できたが、わたしが好きだったのは、視界のない、高い木立につつまれた、いつも誰もいない神社の境内だった。
ふりかえって考えると、年端もゆかぬ少年が、どうしてそういう場所での人知れぬ時間を好んだものかと思うのだが、そのころはその街のなかの丘山はほとんど整備の手もはいっていないままのうえ、行事のないときの神社の境内には、何の飾りもなく、掃き清められた静けさのほかには何もなかった。
わたしが惹かれたのは、そうした場所、そうした空間にいるときにじぶんが覚える感覚のひろがりだった。じっとしていると、古い大きな木立の上のほうから、澄んだ空気のように音もなく、見えないものがシャワーのように降ってきて、じぶんが大いなる蔭につつまれるようで、じぶんという頑なな意識が透き通ってゆくような気が、いつもした。
長田弘『空と樹と』 (エクリ)


昨年の行ったイベント「本ということ。」で、ご紹介させて頂いたエクリの本『空と樹と』の中のとても印象深い一説です。


冬枯れの木々が美しい公園で、ふと頭上に目をやると美しい本の装丁と重なる景色。

『空と樹と』は、CO-さんでのイベントでも販売させて頂きます。
読後、静けさが胸に残ります。
ぜひページを繰ってみて下さい。